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名古屋高等裁判所 平成8年(行コ)8号 判決 1997年9月30日

控訴人・附帯被控訴人(一審被告)

寺尾憲治

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

後藤武夫

被控訴人・附帯控訴人(一審原告)兼自己以外の被控訴人・附帯控訴人(一審原告)ら訴訟代理人弁護士

浅井岩根

福島啓氏

鈴木良明

竹内浩史

右四名訴訟代理人弁護士

井口浩治

小川淳

海道宏美

佐久間信司

森田茂

新海聡

西野昭雄

杉浦龍至

杉浦英樹

滝田誠一

平井宏和

(以下においては、控訴人・附帯被控訴人(一審被告)を「控訴人」といい、被控訴人・附帯控訴人(一審原告)を「被控訴人」という。)

主文

一  本件控訴に基づき、原判決主文第二項を取り消す。

二  右取消しに係る被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却する。

三  本件附帯控訴を棄却する。

四  本件附帯控訴に伴う当審における被控訴人らの控訴人に対する請求に係る訴えを却下する。

五  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの連帯負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴について

1  控訴人

(控訴人の本件控訴は、控訴人敗訴部分の取消しと、その部分に係る被控訴人らの請求棄却を求めるものである。)

主文第一項、第二項及び第五項と同旨

2  被控訴人ら

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。

二  附帯控訴について

1  被控訴人ら

(被控訴人らの本件附帯控訴は、原判決が、本件旅費支給のうち一一名分について被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却したので、右棄却部分のうち、三輪敦昭県議に係る部分を除く一〇名分に係る棄却部分の取消しと、その部分に係る請求の認容を求めるものである。)

(一) 原判決主文第三項中、同主文第二項で認容された以外の被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却した部分を取り消す。

(二) 控訴人は、愛知県に対し、原判決主文第二項で支払を命ぜられた金員のほかに、七五万八九〇〇円及びうち六六万二一〇〇円に対する平成五年四月一六日から、うち九万六八〇〇円に対する平成五年五月一四日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

(四) 仮執行宣言

2  控訴人

(一) 主文第三項と同旨

(二) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの連帯負担とする。

三  附帯控訴に伴う当審における被控訴人らの請求について

1  被控訴人ら

(当審における被控訴人らの請求は、控訴人に対し、地方自治法二四二条の二第七項に基づき愛知県から被控訴人らに支払われるべき弁護士報酬相当額一二〇万円を、愛知県に対し支払うよう請求するものである。)

(一) 控訴人は、愛知県に対し、一二〇万円を支払え。

(二) 訴訟費用は、控訴人の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  控訴人

(一) 主文第四項と同旨

(二) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの連帯負担とする。

第二  事案の概要

次のように、当審における当事者双方の主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄第二に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原審における相被告鈴木礼治及び同小田悦雄のみに関する部分を除く。)。

(当審における控訴人の主張)

一  原判決の「カラ出張」の認定について

1 「カラ出張」の慣行の有無について

原判決は、愛知県議会における平成四年一二月以降及び平成五年六月以降における減少を問題にしている。しかし、議員の県外旅行が減少した理由は、議員があらぬ疑惑をもたれないよう自費による旅行に切り替えたり、県外出張自体を減少させたりする等の手段を講じたことによるものである。

また、原判決は、尼崎市議会における「カラ出張」問題をきっかけとした愛知県議会の対応等に言及している。しかし、この時の愛知県議会の対応等は、愛知県議会における「カラ出張」の有無とは全く無関係にされたものであるから、これらの事実から、愛知県議会において長年に亘り「カラ出張」が慣例化していたと推認することは不可能である。

また、原判決は中日新聞の報道を重要視しているが、反対尋問を経ずに、伝聞を記載した陳述書を盲信するのと同程度の誤りを犯すものである。

旅費支給要領等の改正は、県外旅行に対する旅費支給の一層の適正化を図るためのものであり、これから「カラ出張」の慣行の存在を肯認することはできない。

被控訴人らのアンケート調査も、平成五年三月二六日から同月三一日までの間の県外旅行に関するものであって、この結果いかんは、「カラ出張」の慣行の有無とは無関係である。

2 七〇人分一二六件の県外旅行を「カラ出張」とする原判決の事実認定の誤りについて

原判決は、本件の県外旅行の日程や態様は不自然であるというが、わが国の政治状況等からすれば何ら不自然なことではない。

アンケート調査については、これに回答するかどうか個々人の自由であるから、これに回答しないことをもって「カラ出張」の事実を推認することは相当でない。

二  控訴人に重過失がないことについて(仮定的主張)

1 原判決は、控訴人は愛知県議会において「カラ出張」が慣例化していたことを知っており、仮に知らなかったとしても、その点について控訴人には重大な過失があると判断した。

しかし、控訴人は、過去に議会事務局に在職した経験がなく、議員に対する旅費支給事務は、日常事務として総務課長らの専決処理に委ねられ、控訴人が直接これを処理していたものではない。そして、その職務内容、執務場所からして、議会事務局長は個々の議員の行動の隅々まで知り得る立場にはない。議会事務局の他の職員も、議員の行動を監視するのがその職務ではないから、議員の県外旅行の実態を知らなかった。

また、多くの議員が月二回ずつ一泊二日の旅行をすること、一時に多数の出張が集中することは、わが国の政治の状況からすれば、不自然なものではない。

これらの諸点からすると、原判決が上げる根拠はいずれも失当である。したがって、控訴人が「カラ出張」が慣例化していたとの事実を知らなかったことについては、何らの過失もなかったというべきである。

2 控訴人は本件旅費支給が「カラ出張」に基づくことを知らず、かつ、これを知らなかったことについて控訴人に過失は存在しない。

原判決は、「カラ出張」の慣例化の事実を知り、又はこれを知らなかったことについて重大な過失があれば、本件旅費支給が「カラ出張」に基づくものであることを知り、又はこれを知らなかったことについて重大な過失があるものとされるかのような口吻をもらしているが、不当である。

原判決は、尼崎市議会の「カラ出張」問題に関連して、控訴人は遅くとも平成四年一二月には、「カラ出張」がされることを阻止するための措置をとるべきであったと判示する。しかし、尼崎市議会の件から、具体的に愛知県においても同様の事態が生じる蓋然性があることまで予見できるものではない。本件旅費支給が各手続段階で専決権者により適正に処理されている以上、控訴人としては、特にそれ以上とるべき措置は存在せず、控訴人には何ら注意義務違反はなかったというべきである。

三  本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令の違法性について

1 この点についての原判決の六二頁、六三頁の判示は不当である。

総務課長ら予算執行職員は、議員からされた旅費請求の実態(当該旅行が実際にされたものであり、かつ、本件要領の定める要件に該当するものであるか等)について調査する権限がなく、また調査すべき職務上の義務を負わないものというべきである。原判決は、右調査義務は「必要がある場合」にのみ負うと解しているが、この「必要がある場合」とは、具体的にどのような場合をいうのか全く不明確であるから、この要件はいたずらに法的安定性を害するものである。

仮に、何らかの事実に基づいてカラ出張が存在することが疑われる場合が、「必要がある場合」に該当するとしても、本件旅費支給時点においては、愛知県議会において具体的に「カラ出張」の存在を疑わせるような事実は全く存在しなかったのであるから、本件旅費支給に係る支出負担行為と支出命令をするに当たり、総務課長らに「カラ出張」かどうかの調査義務がなかったことは明らかである。

2 予算執行職員の原因行為に対する調査義務の有無を判断する基準は、原因行為についての重大かつ明白な瑕疵(わずかの注意を払うことによって極めて容易に知り得る瑕疵)の有無という基準を採用すべきである。そうすると、本件旅費支給の原因行為である本件旅費支給請求に重大かつ明白な瑕疵が存しないことは明らかであるから、本件旅費支給に係る支出負担行為及び支出命令という財務会計上の行為をした予算執行職員である総務課長らには原因行為の適否(「カラ出張」の有無)を調査すべき財務会計法規上の義務はなく、したがって、総務課長らに右調査義務の存在することを前提として、本件旅費支給を違法とした原審の判断は、明らかに不当である。

3 控訴人が、総務課長らの本件旅費支給行為を阻止しなかったことは、次の点からみても、財務会計法規に違反しない。

事務局規程(乙一〇)は、「特命のあった事項、重要若しくは異例と認められる事項、新規な事項又は疑義のある事項」を専決事項から除外している。議員の県外旅行に対する旅費の支給は、これら除外された事項には当たらない。したがって、総務課長らが本件県外旅行についての旅費支給に係る支出負担行為及び支出命令を専決処理するに当たり、事前に上司の裁決を受けず、かつ、その都度上司に報告しなかったことは当然である。

このように、控訴人は、本件旅費支給について、総務課長らから事前に裁決を求められたことがないのであるから、控訴人がこれを事前に阻止することは不可能である。

四  被控訴人らの主張する損害の不存在について

1 原判決は、本件の損害額は、本件旅費支給を受けた議員八一名のうち、①旅費の支給は受けたが、アンケートに対し現実に旅行した旨の回答をしたことが認められる九名の議員、②原審における相被告小田(以下「一審相被告小田」という。同人については控訴の申立てがなく、当審では同人は当事者となっていない。)及び③右アンケート調査の時点で死亡していたものと認められる松川明敬の合計一一名を除く七〇名分の延べ一二六件の県外旅行旅費支給額であり、その総額は五九八万九七七〇円であると認定した。

2 被控訴人らの主張する損害の不存在について

(一) 被控訴人らが本訴において愛知県の控訴人に対する損害賠償請求権として主張するもの(訴訟物)は、愛知県が愛知県議会議員八一名に対し支給した延べ一四四件の県外旅行旅費総計六八四万五四七〇円及びうち六六五万一八七〇円に対する平成五年四月一六日以降、うち一九万三六〇〇円に対する平成五年五月一四日以降の年五分の割合による金員である。

(二) 愛知県の平成八年一二月二七日付け調査嘱託回答書及び愛知県知事の平成七年四月一三日付け調査嘱託回答書によれば、本件旅費支給に係る愛知県議会議員八一名延べ一四四件中、①松川明敬(死去。乙二一)、②三輪敦昭、③久保田英夫(死去。乙二二)及び④一審相被告小田の四名分、計七件の旅費支給分を除く、七七名分延べ合計一三七件の本件県外旅行旅費支給分として、六五〇万四三七〇円及び右旅費支給返納に係る利息(利率年五分)として九七万四四〇九円合計七四七万八七七九円が、既に平成八年四月から六月にかけて愛知県に返納されている。

右七七名には、原判決において、旅費の支給は受けたが現実に旅行したものと認定された九名の議員のうち、被控訴人らの「カラ出張」アンケート回答結果集計表中の番号28青木宏之(民社)、同47吉田収三(自民)、同57米田展之(公明)、同60石黒豊三郎(自民)、同64岡本辰巳(自民)、同86三宅よしき(社会)、同97黒川節男(社会)の七名が含まれている。

したがって、原判決が損害の存在を肯認し、控訴人がその取消しを求めている議員七〇名に対する延べ一二六件の旅費支給分、及び原判決が損害の存在を否定し、被控訴人らがその取消しを求めている議員一一名のうち七名に対する延べ一一件の旅費支給分については、右旅費支給の適否にかかわらず、もはや愛知県に損害は存在しない。

(三) 松川明敬については、原判決は、同人を損害額算定の対象者に加えなかったが、その判断は正当である。よって、この点についての被控訴人らの附帯控訴は理由がない。

(四) 一審相被告小田は、一件分五万〇七〇〇円の県外旅行旅費支給を受けているが、原判決は、旅行事実を認定し、同人に係る旅費支給の正当性を肯定した。これに対しては被控訴人らから控訴の申立てがなかったから、既に確定している。住民訴訟における右確定判決の効力は、当該自治体及び原告らを含めた当該自治体の全住民に及ぶ。したがって、被控訴人らが、原時点において、同人に係る「カラ出張」を主張することは、前記確定判決の効力に抵触するものとして、それ自体失当というべきである。よって、この点についての被控訴人らの附帯控訴は理由がない。

(五) 久保田英夫は、二件分九万六八〇〇円の県外旅行旅費支給を受けているが、被控訴人らが実施したアンケート調査においても、現実に旅行した旨の回答をしているものであるから、同人に係る旅費支給分を損害額に加えなかった原判決は正当である。よって、この点についての被控訴人らの附帯控訴も理由がない。

3 損害の不存在についての被控訴人らの主張に対する反論

(一) 被控訴人らは、本件費用弁償条例(乙三)四条によれば、議員に対する旅費支給は愛知県の義務であるから、いったん支給した旅費の返還はできないと主張する。しかし、同条は支給要件に合致すれば旅費を支給することを定めたものであり、支給要件に合致しなければ支給できず、またいったん支給した後当該要件に合致しなくなれば、返還を請求し得ると解すべきことは明らかである。同条を義務付け規定と解しても、結論は全く同じである。

また、被控訴人らは、本件費用弁償条例に返還の手続規定がないことを問題にするが、このような手続規定がない場合でも、実体法上返還請求権があれば、当該条例に基づく支給と認められなくなった支給について、普通地方公共団体が返還を求め得ることは明らかである。

愛知県陳述の平成八年一二月二七日付け調査嘱託回答書の調査事項1「旅費返納の方法及び手続」によれば、旅費支給要領に基づく旅行をした議員から、「同要領に基づく旅行としての取扱いを取り消したいので承認されたい旨の申請が議長あてになされ、議長はこれを承認した。」とされている。本件費用弁償条例四条に定める「公務のため旅行したとき」のうち、県外旅行の場合の取扱いを定めた同要領の適用をいったん受けたが、その後、その適用を受けないこととする意思のもとに、同要領の適用についての承認権を有する議長あてに右申請がされたものである。そして、議長に同要領についての承認権が与えられている以上、右申請に対し、議長が同要領に基づく旅行としての取扱いを取り消すことを承認する権限を有することは明らかである。

(二) 被控訴人らは、行政処分を取り消すことは無条件に許されるものではないと主張するが、本件旅費支給は行政処分ではなく、予算の執行であるから、行政処分の取消しに係る議論を本件にあてはめる余地はない。

また、被控訴人らは、本件旅費の返納は公職選挙法一九九条の二に違反すると主張するが、本件の返納は、同法一七九条二項及び一九九条の二の規定にいう「寄附」には当たらないし、そもそも、そのことと愛知県の損害がその負担によらず回復されたかどうかとは、次元を異にする問題である。

五  附帯控訴について

1 原判決が一一名について「カラ出張」の認定をしなかったのは、正当であり、本件附帯控訴は理由がない。

2 一審相被告小田については、被控訴人らの主張が排斥された結果、被控訴人らの請求は棄却された。そして、被控訴人らは右判決について控訴せず、一審相被告小田の勝訴判決が確定している。住民訴訟における確定判決の効力は、当該自治体及び原告らを含めた当該自治体の全住民に及ぶものである。したがって、本件附帯控訴中一審相被告小田に係る部分については、前記確定判決の効力に抵触するものとして、その他の点について検討するまでもなく、失当である。

六  附帯控訴に伴う当審における請求に対する主張

1 被控訴人らの右訴えは、地方自治法二四二条の二第一項四号の怠る事実に係る相手方に対する損害賠償の請求と解されるところ、被控訴人らからは、右新請求部分について、同法二四二条に基づく住民監査請求はされておらず、適法な住民監査を経ていない本件訴えは、不適法であり、却下を免れない。

2 ちなみに、同法二四二条の二第七項にいう「勝訴した場合」とは、勝訴が確定した場合に限られるから、本件では、同項に基づく弁護士報酬請求をすることができないというべきである。

さらに、同条七項に基づく弁護士報酬請求は、本件では愛知県に対して支払を請求することができるものであるから、愛知県ではなく、控訴人に対し右弁護士報酬を支払うよう求める点は、同条の予定するところではない。

(当審における被控訴人らの主張)

一  当審における控訴人の主張一に対する反論

1 カラ出張の慣行について

平成五年六月以降の出張件数の減少は、控訴人が主張するような根拠のない推認で説明がつくようなものではない。

小田議長の発言については、愛知県議会においてカラ出張の問題がなければ、そのような発言をする必要はなかったと思われる。

控訴人は、中日新聞の報道は信用性が低いと主張している。しかし、その後の新聞報道を見ると、様々な関係者が、当時カラ出張が慣例化していたことを認めている。

本件旅費支給要領の改正は、カラ出張がなければその必要がなかったのであり、アンケートに回答しなかった大半の県議の対応は、カラ出張疑惑全体に対する弁明の機会の放棄にほかならず、右慣行の存在を疑わせるに十分である。

2 本件カラ出張の認定について

原判決が、少なくとも、アンケートに回答しなかった七〇人についてカラ出張を認定したことは正当である。本件では、文書送付嘱託さえも拒否されたのであるから、被控訴人らとしては、個別の出張の有無・内容については、アンケート調査という方法以外にはなくなり、やむなく平成六年一〇月にアンケートを発したのである。

二  当審における控訴人の主張二に対する反論

1 当審における控訴人の主張二の1について

この点についての原判決の認定は極めて正当である。

議会事務局の最高責任者になって約一年という期間は、控訴人のそれまでの県職員としての豊富な経験を前提にすれば、カラ出張の慣例化を把握するのに十分な期間である。

控訴人は、自ら旅行予定表、旅行報告書及び旅行命令簿等を自ら決裁していたのであるから、不自然な出張等の実情の把握は一層容易であったと考えられる。

その他、議会事務局の側から旅費請求手続を促したり、旅行報告書を代筆してやるなどしていたことは、議会事務局がカラ出張に深く関わっていたことを窺わせる。

2 同二の2について

この点についての原判決の認定も正当である。

予見可能性の有無は、回避措置につながる程度の具体性があれば必要十分である。カラ出張の慣例化を知り得た以上、個々具体的な出張がカラ出張ではないかということについても予見し、注意を払うべき義務があることは当然である。

三  当審における控訴人の主張三に対する反論

1 当審における控訴人の主張三の1について

住民訴訟の被告適格を有する「当該職員」が限定的に解されている状況の下では、控訴人の主張のような考え方をとると、違法行為があっても結局すべての職員が免責されてしまうのであって、不当である。

2 同三の2について

カラ出張に対する旅費支給が控訴人のいう「重大かつ明白な瑕疵」の存する場合に当たることは明白である。

3 同三の3について

本件においてカラ出張を疑わせる事情があったことは、原判決が詳細に認定するとおりである。

四  当審における控訴人の主張四に対する反論

1 当審における控訴人の主張四の1について

認める。

2 同四の2について

(一) そもそも、控訴人が原判決後の損害の回復を主張するのであれば、そのような理由で控訴をすることは控訴の権利の濫用である。

(二) 同四の2(二)について

旅費の返還の事実は知らない。これにより損害が消滅したとの主張は争う。

愛知県の調査嘱託回答では、「公務出張の取消申請及び取消承認の理由」は明らかにされなかった。これらの理由が示されなかった以上、説明できるような理由はなかったとみなすほかはない。

そもそも、愛知県には議員が公務のために旅行をしたときは旅費を支給する義務があり(本件費用弁償条例四条)、既にいったん公務旅行の手続が踏まれた以上、これを理由なく「遡って公務ではなくなる」などということが許されるものではない。条例上もそのような手続は規定されていない。

一般に、行政処分を取り消して効力発生時に遡ってその効力を失わせることは、無条件に許されるものではない。本件のように、義務として行われた費用弁償については、なおさらである。なぜなら、支給された費用弁償を理由なく返還することは、公職選挙法一九九条の二で禁止される「寄附」に該当し得るからである。

実は元々カラ出張であった、あるいは公務のための旅行ではなかったという理由で返還するのであれば、旅費支給行為自体が違法無効なのだから、「公務出張の取消申請及び取消承認」などという形式を踏むまでもなく返還は正当化されるであろうが、そういった理由もなく返還を受ければ、たとえ右のような形式を踏んだとしても、違法な返還なのであるから、損害が回復・消滅したものと目すべきではない。

また、仮に、旅費自体については損害がなくなったと解するとしても、一審判決で勝訴したにもかかわらず、その後に違法支出が返還されたことにより二審判決では請求が棄却されたというような場合に、地方自治法二四二条の二第七項所定の弁護士費用の請求ができなくなるのは明らかに不当である。このような場合には、仮に右返還がなかったとすれば一審判決が正当であったか否かにより、弁護士費用の請求権の有無が決せられると解するのが妥当である。

(三) 同四の2(三)、(五)について

松川明敬県議の出張内容を見ると、東京都内への一泊二日を二回という典型的なカラ出張のパターンと一致しているから、アンケートについての経過にかかわらず、やはりカラ出張と認定されてもやむを得ないものというべきである。

この点は、久保田英夫県議についても同様である。

(四) 同四の2(四)について

一審相被告小田についてもカラ出張と認定すべきことは、後記五に主張するとおりである。

五  附帯控訴について(この点に関する控訴人の主張に対する反論を含む。)

一審相被告小田の原審供述は、大きな疑問があり、本件カラ出張疑惑全体の中では、同人の出張についてもカラ出張と推認されるべきである。そして、その他の一〇名についても、カラ出張が認定されるべきである。

なお、同人に対する請求棄却判決が確定しているからといって、控訴人に対する請求には何らの効力も及ぼさないから、それだけの理由で附帯控訴が失当となるものではない。

六  附帯控訴に伴う当審における請求について

1 請求原因

(一) 被控訴人らは、控訴人寺尾憲治に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号の規定により本件訴訟を提起しているところ、原審において一部勝訴し、五九八万九七七〇円及びこれに対する年五分の割合による遅延損害金の請求が認容され、また、本件附帯控訴によって、八五万五七〇〇円及びこれに対する遅延損害金の請求が認容されるべきものである。

(二) 地方自治法二四二条の二第七項は、同条一項四号の規定による訴訟を提起した者が勝訴した場合において、弁護士に報酬を支払うべきときは、普通地方公共団体に対し、その報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができる、と規定している。

(三) 本件訴訟提起当時の弁護士報酬基準に照らし、右相当額は、着手金六〇万円及び報酬金六〇万円として、合計一二〇万円を下らない。

(四) したがって、本件訴訟の結果、愛知県は、被控訴人らに対し一二〇万円を支払うべきことになるが、これも、控訴人の本件違法行為によって愛知県が被った損害の一部にほかならないことになる。

(五) 以上の理由により、被控訴人らは、従前の損害賠償請求額を拡張し、右一二〇万円の賠償を併せて求める。

2 当審における控訴人の主張六に対する再反論

(一) 本件の弁護士報酬相当額の請求は、損害賠償を求める給付の訴えにほかならないから、請求の理由の有無により認容となるか棄却となるかのみが問題であって、却下ということはあり得ない。

(二) 住民監査請求は、賠償を求める損害の費目や内訳金額について逐一明示してしなければならないものではない。そもそも、住民監査請求が退けられて初めて住民訴訟を提起することになるのであるから、住民監査請求の時点では、後の住民訴訟の弁護士報酬相当額の賠償を請求することはできないことが明白である。住民監査請求を経ていないとの控訴人の主張は、不可能を強いる矛盾に満ちた主張である。

(三) 地方自治法二四二条の二第七項の「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」とは、勝訴が確定した場合に限られるものではない。

仮に、百歩を譲って、勝訴判決の確定を条件とすべきであるとしても、弁護士報酬相当額の請求部分に限っては、判決主文においてその旨の条件を付して認容するか、単に仮執行宣言を付さないという方法で対処すれば足りる。

一般に、損害賠償請求訴訟において、弁護士報酬相当額を併せて請求できることは、判例において広く認められてきている。本件のような住民訴訟においても、基本となる住民訴訟において弁護人報酬相当額の請求をすることが認められないと、訴訟経済上も次のような不都合が生ずる。

住民は、住民監査請求を経て当該職員を被告として住民訴訟を提起し、勝訴判決が確定した後に、地方自治法二四二条の二第七項に基づき、地方自治体に対し弁護士報酬相当額を請求することになる(相当額等について争いが生ずれば、住民は改めて地方自治体を被告として弁護士報酬請求訴訟を提起し、勝訴判決を受けなければならなくなる。)。そして、地方自治体から支払を受けると、今度はその金額が地方自治体の新たな損害として発生し、住民が改めて住民監査請求を経て当該職員を被告として住民訴訟を提起しなければ、地方自治体の損害は完全には回復されないことになる。このような堂々巡りを無限に繰り返さざるを得なくなるのである。

そもそも、弁護士報酬の相当額を判断するのに最もふさわしい裁判所は、基本となる事件を審理した裁判所であって、勝訴判決確定後にその審理経過等を立証して別訴で請求しなければならないとすると、不合理・不経済極まりないことになる。

(四) 控訴人は、弁護士報酬相当額は、愛知県に請求すべきであって、控訴人にこれを愛知県に対して支払うよう請求することは許されないと主張している。

しかし、本件では、弁護士報酬相当額を愛知県が被控訴人らに支払わなければならないことにより、愛知県には右相当額の損害が生ずるのである。これも、控訴人が愛知県に賠償すべき損害の一部として、最終的に負担すべき筋合いのものである。弁護士報酬相当額を控訴人が愛知県に対し賠償するよう請求することは、愛知県の損害の完全な回復を求める住民訴訟の原告住民として一貫した訴訟行為である。

第三  証拠関係

本件記録中の原審及び当審における証拠に関する目録に記載のとおりであるかな、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  本件監査請求の対象が特定されているかどうかについて

当裁判所も、本件監査請求において、監査の対象となる行為は特定されているものと判断する。その理由は、原判決が、その「事実及び理由」欄第四の一(原判決三七頁二行目から三八頁一二行目まで)において説示するところと同一であるから、これを引用する。

二  本件控訴及び本件附帯控訴について

1  七七名、延べ一三七件の旅費支給に係る損害賠償請求について(控訴人による損害不存在の主張について)

(一) 被控訴人らの控訴人に対する請求は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、同号にいう「当該職員」に対する損害賠償請求として、本件旅費支給(愛知県議会議員が平成五年三月二六日から同月三一日までの六日間に合計八一名、延べ一四四件の県外旅行をしたとして、各議員に支給されたもの)に係る損害合計六八四万五四七〇円及びこれに対する支給日以降の年五分の遅延損害金の支払を求めるものである(ただし、そのうちの一名(三輪敦昭)への旅費支給に係る請求については、附帯控訴が取り下げられたので、当審における審判の対象は、合計八〇名、延べ一四二件、合計六七四万八六七〇円の旅費支給に係る損害賠償請求である。)。

しかして、被控訴人らの控訴人に対する請求に理由があるとするためには、事実審の口頭弁論終結時において、被控訴人らが主張する損害が存在していることが必要であるところ、控訴人は、本件旅費支給の対象者である亡松川明敬、亡久保田英夫及び一審相被告小田を除く七七名、延べ一三七件については、その旅費合計六五〇万四三七〇円及びこれに対する年五分の利息が返納されているから、その分については被控訴人らが主張する損害はすでに存在していないと主張するので、まずこの点について判断する。

(二) 乙二一から乙二三まで、当審における平成八年一二月一九日付け調査嘱託の結果(愛知県の平成八年一二月二七日付け調査嘱託回答書)及び原審における平成六年一二月二日付け調査嘱託の結果(愛知県知事の平成七年四月一三日付け調査嘱託回答書)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 平成五年三月二六日から同月三一日までの間に旅費支給要領(愛知県議会議員県外旅行の旅費支給要領)に基づく旅行をした議員八一名のうち、亡松川明敬(平成五年八月二三日死亡)、亡久保田英夫(平成七年八月二六日死亡)、一審相被告小田及び三輪敦昭の四名を除く七七名から、平成八年四月から六月にかけ、右県外旅行について、同要領に基づく旅行としての取扱いを取り消したいので承認されたい旨の申請が愛知県議会議長宛にされ、議長はいずれもこれらを承認した。

(2) 議員県外旅行制度では、議員が旅行予定表により届け出て、議長の承認を得たものが公務旅行となるものとされているところから、愛知県は、今回各議員から提出された公務旅行としての取扱いを取り消したい旨の申請を議長が承認すれば、当該旅行は遡って公務ではなくなり、旅費支給原因がなくなるとして、愛知県財務規則二七条、三一条の規定に従い、返納の手続をとった。

(3) 具体的な手続の経過は次のとおりである。

議会事務局長は、調定決議書による歳入の調定をするとともに、当該議員に対し納入通知書により各旅費額の納入の通知を行った。

これを受けて、各議員は、上記納入通知書により、金融機関に現金を納入した。

次に、議会事務局長は、収納確認の後、旅費が支給されてから返納されるまでの間の年五分の割合による利息を計算し、調定決議書により歳入の調定をするとともに、当該議員に対し納入通知書により利息の納入の通知を行った。

そこで、各議員は、右納入通知書により、金融機関に現金を納入した。

(三) 右認定の事実によれば、本件旅費支給のうち、前記七七名、延べ一三七件の旅費合計六五〇万四三七〇円については、平成八年四月から六月までの間に、右六五〇万四三七〇円とこれに対する支給日以降返納の日までの年五分の割合による金員が、各議員により愛知県に対し支払われたものであるから、被控訴人らの請求する損害のうち、右七七名、延べ一三七件の旅費支給に係る損害は既に存在していないものというべきである。

(四) これに対し、被控訴人らは、右のような旅費返納による損害の不存在を争うので、以下において判断する。

(1) 被控訴人らは、愛知県には議員が公務のために旅行したときに旅費を支給するのは義務であるから、既に手続が踏まれた以上、遡って公務ではなくなるなどということが許されるものではないと主張する。

しかし、旅費支給が愛知県の義務であるかどうかに関わらず、いったん旅費を支給した後支給要件に合致しなくなった場合には、愛知県は当然その返還を求めることができるというべきである。県外旅行については、旅費支給要領に基づき議長が承認することにより公務旅行として旅費支給の対象になるものであるから(原判決「事実及び理由」欄第二の一5、6参照)、その反面として、同要領による旅行としての取扱いを取り消したいとの各議員の申請に対し議長が承認することにより、公務旅行の支給要件に合致しなくなるものと解される。したがって、このような場合には、愛知県は当然その返還を求めることができるというべきである。さらに、公務による旅行であっても、旅費支給の所定の手続をとらずに自費でこれを行うことが許されないものではないから、前記(二)に認定した旅費の返納は違法なものということはできない。

また、被控訴人らは、条例上もそのような手続は規定されていないと主張するが、そのような手続規定がない場合においても、当該条例に基づく支給と認められなくなった旅費について、実体法上返還請求権が生ずると解すべきことは明らかである。したがって、愛知県は、各議員に対しそのような旅費の返還を求めることができるというべきである。

(2) 被控訴人らは、行政処分を無条件に取り消すことは許されないと主張するが、本件旅費支給は処分とはいえないし、実質的にみても、議員の申請により議長が承認を与え、公務旅行としての取扱いを取り消すことに不都合はないと考えられるから、被控訴人らの主張は理由がない。

また、被控訴人らは、支給された旅費を理由なく返還することは、公職選挙法一九九条の二の規定で禁止された「寄附」に当たると主張するが、本件の旅費の返納は、支給要件に合致しなくなったことに基づく不当利得の返還の性格を有するものであって、公職選挙法一七九条二項にいう「寄附」には当たらないというべきである。

(3) 以上、被控訴人らの主張は採用できず、前記旅費の返納は有効に行われ、これにより、被控訴人らが主張する損害のうち、右七七名、延べ一三七件の旅費支給に係る損害は既に存在していないものというべきである。

(五) そうすると、これらの旅費支給については、損害賠償請求の要件の一つが欠けるというべきであるから、その他の点について検討するまでもなく、同旅費支給に係る損害賠償請求は理由がないことに帰着する。

2  亡松川明敬、亡久保田英夫及び一審相被告小田に対する旅費支給に係る損害賠償請求について

(一) 右三名に対する旅費支給の原因となった県外旅行の存否を判断する前提として当裁判所が認定する事実は、原判決がその「事実及び理由」欄第四の三1(一)(原判決四四頁三行目から五〇頁末行まで)において認定するところと同一であるから、これを引用する。

(二) 亡松川明敬に対する旅費支給に係る損害賠償請求について

原審における平成六年一二月二日付け調査嘱託の結果(愛知県知事の平成七年四月一三日付け調査嘱託回答書)によれば、松川明敬は、平成五年三月二六日から同月三〇日までの間に、二回にわたり東京都へ宿泊を伴う県外旅行をしたとして、合計九万六八〇〇円の旅費支給を受けたことが認められる。

しかるところ、右(一)に認定した事実を総合すると、愛知県議会においては、本件旅費支給以前から、県外旅行を実際に行っていないにもかかわらず旅費を受け取ること(いわゆる「カラ出張」)が長年にわたって慣例化していたのではないかと疑うべき状況があったといえるが、他方では、甲二五及び当審証人三輪敦昭の証言によれば、三輪敦昭は、旅行予定表・予定報告書に記載したとおり、実際に二回にわたり東京都へ宿泊を伴う県外旅行をしたこと、そしてその県外旅行は、公務上の必要性のあるものであったことが認められる。

しかして、松川明敬は、本件旅費支給が問題化した直後の平成五年八月二三日に死亡し、したがって、前記認定のように平成六年一〇月に被控訴人らが行ったアンケート調査に対しても回答することが不可能であり、また、本件訴訟においても、証人尋問等の方法で反証をすることができず、結局同人には「カラ出張」の疑惑を晴らす機会がなかったのであり、また、前にみたように、三輪敦昭のように現実に公務旅行をした議員もあったのであるから、前示のとおり当時いわゆる「カラ出張」が慣例化していたのではないかと疑うべき状況があったからといって、松川が、県外旅行の事実がないにもかかわらず本件旅費支給を受けたものと認めることはできない。

なお、当審における平成九年五月二二日付け調査嘱託の結果(愛知県議会議長の平成九年六月六日付け調査嘱託回答書)によれば、同人の右二回の旅行に係る旅行報告書の用務先欄及び用務の概要欄は、比較的簡単に記載されていることが認められるが、乙五及び原審証人山田繁夫の証言によれば、当時はこの程度の記載内容で適式であると扱われていたことが認められるから、この記載内容から、同人について県外旅行がなかったと推認することはできない。

よって、同人に対する本件旅費支給に係る損害賠償請求も理由がない。

(三) 亡久保田英夫に対する旅費支給に係る損害賠償請求について

原審における平成六年一二月二日付け調査嘱託の結果(愛知県知事の平成七年四月一三日付け調査嘱託回答書)によれば、久保田英夫は、平成五年三月二六日から同月三一日までの間に、二回にわたり東京都へ宿泊を伴う県外旅行をしたとして、合計九万六八〇〇円の旅費支給を受けたことが認められる。

そして、甲六及び弁論の全趣旨によれば、同人は、平成六年一〇月に被控訴人らが行ったアンケート調査に対し、用務先及び用務の内容について一定程度具体的に回答していることが認められるから、この事実に照らすと、当時いわゆる「カラ出張」が慣例化していたと疑うべき状況があったからといって、同人が、県外旅行の事実がないにもかかわらず本件旅費支給を受けたものと認めることはできない。

よって、同人に対する本件旅費支給に係る損害賠償請求も理由がない。

(四) 一審相被告小田に対する旅費支給に係る損害賠償請求について

(1) 当裁判所も、一審相被告小田について、本件旅費支給の原因となる県外旅行の事実がなかったとは認められず、またその旅行について公務上の必要性がなかったとも認められないものと判断する。その理由は、原判決がその「事実及び理由」欄第四の三2(原判決五九頁末行から六一頁一一行目まで)において説示するところと同一であるから、これを引用する。よって、同人に対する本件旅費支給に係る損害賠償も理由がない。

(2) ところで、控訴人は、一審相被告小田については、同人に対する被控訴人らの請求が棄却され、同人の勝訴が確定しているところ、住民訴訟における右確定判決の効力は、当該自治体及び原告らを含めた当該自治体の全住民に及ぶから、本件附帯控訴中同人に係る部分は、右確定判決の効力に抵触するものとして直ちに失当というべきであると主張する。

本件のようないわゆる代位請求訴訟は、原告住民が普通地方公共団体の利益のためにこれに代わって提起するものであるから、民事訴訟法二〇一条二項の規定に準じ、その判決の既判力は当該普通地方公共団体に及ぶものと解される。そうすると、そのことを介して、右判決の既判力は当該普通地方公共団体の全住民に及ぶものと解される。したがって、本件においては、一審相被告小田についての右判決が確定した結果、他の住民が、一審相被告小田に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号の「相手方」に対する請求を訴求した場合には、その請求は右確定判決の既判力により妨げられると解するのが相当である。

ところで、本件においては、原審において一審相被告小田に対する訴えと控訴人に対する訴えとが併合審理され、一審相被告小田については、訴え(「当該職員」に対する請求)却下及び請求(「相手方」に対する請求)棄却の判決が、控訴人については、請求(「当該職員」に対する請求)一部認容の判決がそれぞれされたが、控訴人についての判決に対してだけ控訴の申立てがあり、その部分だけが確定しないで移審した状態にあるものである。しかして、既判力は、訴訟物たる権利主張の判断についてのみ生じ、その前提問題の判断については生じないのが原則であるから、一審相被告小田についての右確定判決のうちの請求棄却部分の既判力は、同人に係るいわゆる「カラ出張」の有無や故意過失の有無等、請求を判断する際の前提問題には生じないというべきである。そうすると、本件における控訴人に対する請求の当否は、一審相被告小田が「相手方」としての損害賠償義務を負うかどうかとは法律上別個に決せられる関係にあり、一審相被告小田についての右確定判決の既判力は、本件の控訴人に対する訴えに対し何らの影響も与えるものではないというべきである。

また、住民訴訟については、地方自治法二四二条の二第六項により、行政事件訴訟法四三条の適用があるものとされ、同条三項によれば、本件のような地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく訴訟については、当事者訴訟に関する規定を準用するものとされている。そして、当事者訴訟については、行政事件訴訟法四一条一項により、取消判決の拘束力に関する同法三三条一項の規定が準用されている。このように同法三三条一項の規定が準用される趣旨は、当該住民訴訟の請求認容判決により権利主体間の権利義務関係が確定された結果、その実現の一環として関係行政庁の権限の行使・不行使が問題となる場合があることから、そのような場合には、取消判決と同様に、判決により行政庁の権限行使・不行使を義務付けるのが妥当と考えられたことによるものと解される。

しかし、一審相被告小田についての判決は、訴え却下及び請求棄却の判決であって、右判決の内容を実現するために関係行政庁の権限行使・不行使を要するものではないから、同判決については、行政事件訴訟法三三条一項の拘束力も働く余地はないというべきである。

その他、一審相被告小田についての右判決の効力が、被控訴人らの控訴人に対する本件訴えに及ぶとすべき根拠はないから、控訴人の前記主張は失当である。

3  まとめ

以上によれば、本件旅費支給のうち本件控訴及び本件附帯控訴の対象になった被控訴人らの控訴人に対する請求、すなわち、本件附帯控訴の取下げのあった一名(三輪敦昭)を除く八〇名、延べ一四二件、合計六七四万八六七〇円に係る控訴人に対する損害賠償請求は、すべて理由がないものというべきである。

よって、本件控訴は理由があるが、本件附帯控訴は理由がない。なお、被控訴人らは、本件控訴の申立ては、控訴権の濫用であると主張するが、そのように認めるべき事情は存在しない。

三  本件附帯控訴に伴う当審における被控訴人らの請求について

当審における被控訴人らの控訴人に対する請求は、被控訴人らが控訴人に対し勝訴した場合に、地方自治法二四二条の二第七項の規定に基づき被控訴人らが愛知県から支払を受けるべき弁護士報酬相当額が、控訴人の本件違法行為によって愛知県が被った損害の一部であるとして、一二〇万円の支払を求めるものである。

しかるところ、同法二四二条の二第七項の趣旨は、同条一項四号のいわゆる代位請求訴訟が、原告住民において普通地方公共団体に代わって訴訟を提起するものであり、住民が勝訴した場合には、普通地方公共団体が現実に利益を受けることとなるので、特別な規定を設け、本来被告に対し弁護士報酬相当額の支払を請求し得るか否かにかかわらず、原告が弁護士に支払うべき報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を、普通地方公共団体に対し請求することができるとしたものと解される。そして、右のように、同条一項四号が掲げる内容の請求を普通地方公共団体自身が訴訟においてする場合においても、被告となった者に対し弁護士報酬を請求できるとは限らない上、右にみた同条七項の趣旨に照らすと、仮に普通地方公共団体が実体法上の原因に基づき弁護士報酬を請求できる場合であっても、その額と、同条七項に従い普通地方公共団体が負担すべき額とが一致するとは限らないものと解される。このような諸点に、同条項が「勝訴した場合」としていることをも併せ考慮すると、同条項は、弁護士報酬相当額については原告住民の勝訴が確定した後に住民が普通地方公共団体に請求することを前提としたものであり、同条項の「勝訴した場合]とは、「勝訴が確定した場合」を指すものと解するのが相当である。

そうすると、同条項所定の弁護士報酬相当額の請求権は、原告住民が勝訴した時に初めて発生するものというべきである。したがって、仮に、普通地方公共団体と同条一項四号の代位請求訴訟の被告であった者との間の実体法上の法律関係の如何により、普通地方公共団体が原告住民に対し支払うべき弁護士報酬の全部又は一部の支払を代位請求訴訟の被告であった者に請求(求償)できる場合があった場合には、住民が右被告であった者に右弁護士報酬を普通地方公共団体に対して支払うよう求める訴訟上の方法は、同条一項四号の怠る事実に係る相手方に対する損害賠償請求ということになるから、この場合も、地方自治法二四二条の監査請求を経る必要があるというべきである。

弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは、この点について監査請求を経ていないことが認められるから、結局、本件附帯控訴に伴う当審における被控訴人らの控訴人に対する請求に係る訴えは、不適法として却下を免れないものというべきである。

第五  結論

以上のとおり、本件控訴は理由があるから、本件控訴に基づき原判決主文第二項を取り消した上、右取消しに係る被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却し、本件附帯控訴は理由がないから、これを棄却し、本件附帯控訴に伴う当審における被控訴人らの控訴人に対する請求に係る訴えは不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条前段、八九条、九三条一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官水野祐一 裁判官岩田好二 裁判官山田貞夫)

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